SUGOの写真 by JEC

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今年のSUGO2Daysの写真がJECのサイトにアップされていました。
僕は写ってるかなぁ〜と探してみたら、少ないですがありました。
しかし菅生の自分はひどかったなぁ。写真見たら思い出しましたよ...。

この写真はモーターサイクルのフォトグラファーで有名な佐藤敏光さんが撮ってくれた写真です。
普段、雑誌くらいでしか敏光さんの写真を見る機会がないのでこうやってサイト上に全てを公開してくれるのはとても嬉しいですね。

URLはこちら。
http://jecpro.com/?p=815
Picasaなのでとても早く多くの写真が見れます。写真共有サービスではPicasaが圧倒的に早いですね。
どうでもいい情報でした(笑)

僕は確か去年の菅生のときに敏光さんと少しだけ話す機会がありました。
話してみるととても面白い人でした。
なぜかこの世代の人はダジャレを言うんですよね(笑)
楽しい人です。またどこかで話す機会があるといいな。

10JECr1_crosstest.JPG

これは1日目のクロステストですね。何周目かはわからないですけど、ずいぶんとバイクが汚れてるので後半かな?
しかしなんでこんな汚れ方するんですかね〜。
まぁ、あちこちでコケまくったからなんですが...。

10JECr1_endurotest.JPG

これは2日目のエンデューロテストでしょうね。なぜか1日目よりもバイクが綺麗になってますね。
エンデューロテストは本当にしんどかった。やっぱり実力がぜんぜん足りてなかったのかもしれないです。
今走ったら少しはまともに走れるのかなぁ。あまり自信はないですが、このときよりは流石に少しはマシでしょうね。
エンデューロテストだけを走るなら菅生は面白いですよ。でもルートが加わると厳しいんですね。
ルートもテストも区別がなかったですからね、僕の場合。

10JECr1_finalcross1.JPG

これはファイナルクロスのスタート直後の1コーナー後ですね。僕はというとずいぶん後ろの方にいますね。
前で晶姉が転んでます。なんとなく誰かがコケるんじゃないかと思って、スタートに躊躇した覚えがあります。
菅生のファイナルクロスはスターティングゲートを使うのでかなり緊張しますね。
まぁ、このときはやっとこれで終わるという感じでファイナルクロスはとにかく転ばず最後まで走ればいいやって思ってました。
で、前にずっといるドラミちゃんをいつまでも抜けなかったという...。

そうそう、Cクラスは1組目なのでコースを耕したばっかりなんです。だから見るとわかりますがザクザクというか、硬い土を掘り返した状態です。
これがハンドルを取られるんじゃないかとビビってラインを変えられなかったんですよね。
でも実はアクセルを開けていけばどこでも行けたんですよ。
ウッドチップだったらいいんですけどね〜、こういうのははじめてだったのでさっぱりわからなかったんですが、どこかでラインを仕方なく変えたときにぜんぜん走れることに気づいたんですよね。
でもドラミちゃんを抜けるところでラインを変えないと意味がなかったですね。まー、今こんなこと言ってもしょうがないですが。

10JECr1_finalcross2.JPG

この写真はかっこ良く見えますね〜、さすが敏光さんです。カメラマンがいいといいですね、やっぱり。
ま、被写体は本当にしょぼいんですが(笑)
ちょっとリーンアウト過ぎですかね。もっとバイクの真上に乗って、というか、もっとスピードが出ていればバイクはもっと寝ますね。そしたらこんなにリーンアウトにする必要もないです。たぶん。
リアタイヤの位置でわかりますね。向きが変わってねーぞ!って感じですよ。

写真を見て思ったのは、また菅生を走りたいってことですかね。見る前まではやっぱ菅生は厳しいよなぁ〜出たくないなぁ〜って思ってたんですが、見たらいろいろ思い出して、もう1度挑戦したくなったというか。
あちこちで本当に無駄な体力を使ってしまったんです。もうとにかく転びまくりで、バイクを起こすのに疲れちゃって、で、結果的に遅着してしまうという悪循環。タイムチェックで休めないから余計に疲れる。もうこうなっちゃうとダメですね。
転ばなければもう少し楽に走れるはずです。で、楽にルートを走れればテストは少しは攻められます。
来年じゃなくてもいいですけど、菅生はあと100回は走りたいですね(嘘ですw)

コメント(4)

そうなんです。その頃のジェネレーションは冗談を言うのです。今の若者は余りのも言葉の遊びがありませんです。
とどつまりは自分のことで精一杯なんですよねー。
やっぱり一発人を笑わせなくちゃね、関西人を見習いましょう
ですがー、 気にも留めなかったですが、敏光ってフォトのテクあるんですね。やっぱり現場で生きた人間なんで納得する物を作り上げるテク、GP生活何年ですか、彼は、1枚のフォトから出る技術、ハルキ頑張れよー

確か初めて彼らに会ったのは83年のフランスGPだと記憶しています。ぼろぼろの着衣で乞食みたいな日本人でした。
あと数年早くヨーロッパに来ていれば キビキ 坪内みたいに裕福な仕事が出来たと思います。逆に考えれば加世ちゃん敏光らはハードロッカーだ。異国でそれもプライベートで生活することは日本で生活する何倍も大変なんです。合掌!違うか

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このブログ記事について

このページは、キム兄が2010年12月17日 02:30に書いたブログ記事です。

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